“好きなヒトは一人だけ”  『好きで10のお題』より

        〜ルイヒル年の差パラレル 番外編 Ver.より
 


この“陰陽師シリーズ”は、
舞台が大昔なので…と くどいほど頻りに前置いておりますこと。
昔の暦は、現今のものとは、
一カ月から 年によってはそれ以上ずれている。
例えば今年で置き換えれば、七月半ばに六月が始まっているくらい。
それで勘定し直せば、七月七日の“七夕”も今の暦では八月下旬の行事なので、
俳句の世界では“秋”を示す季語なのも頷ける。

では、六月の国事行事はというと、
前のお話でも浚ったが、
一年が半分越せたことからの“大祓え”というのが月の末に催され、
帝や后、東宮の背丈を竹の枝を折って測ることで穢れを祓う、
“節折(よおり)”という儀式を行うそうな。
ちなみに、牽牛・織女の二星を祭る“七夕”は、
中国から伝来したもので。
平安時代の宮廷でも、
染織・裁縫、書道や詩歌、音楽などが上達しますようにと、
“乞巧奠(きこうでん)”と呼ばれる儀式と宴が催されていたそうな。


  ま、あんまり堅いことは言いっこなしということで。(こらこら)




        ◇◇◇


梅雨が明ければ夏も本番。
湿気が多く、蒸し暑い日之本の夏は、水あたりや伝染病が蔓延しやすく。
だからこそ、殺菌とか滅菌への知識や常識も、
他国が及ばぬほどの群を抜いて発達したのではなかろうか。
笹や竹に殺菌効果が高いこと。
酢を使えば、生ものに近いさっぱりしたものを夏場も食べられること。
野菜のみならず魚も、さばきながら流水で何度も何度もしっかりと洗うこと。
それでもやはり、
何にでも湯通しをし、火を通すことで、殺菌するに越したことはないこと。
保冷装置も製氷機も、
鎖国が解かれた明治になってからお目見えしたにもかかわらず、
それよりも昔から、
生魚を使う刺身や寿司が、禁令も出ぬまま、大事に至らず伝わっているのも、
そういった背景があったれば。

 “…だからって、感謝もしなきゃあ有り難いとも思わねぇがな。”

はいはい、ごもっとも。(苦笑)
後世の話はともかくとして、
そういった習俗や風習の始まりが大集合していよう、
平安時代におわした人々には。
災禍災厄、病気までも、
神仏や物の怪がもたらすと、真剣本気に信じられていて。
いや、学者や博士先生なんていうレベル、
もとえ知識階級の方々におかれましては、
さすがに…理屈あっての現象といいましょうか、
物理的・科学的な根拠がある現象だという、正確な理解もあったことだろが。
そういった喩えにした方が下々には理解しやすかろという応用も多々あったらしく。
なんと国家的な行事、国事にも、
神々へ祈りを奉納する式典は数多くあり、
それらを取り扱う部署が中央官庁にあったほど。
今も残るそれらは、今ではどちらかといや風物詩といった色合いの代物だが、
当時は当然真剣な“政(まつりごと)”の一環だったりし。
大地や方角や、雨つゆの神々へ、
時の帝が真剣に“我が身奉じても”という祈りを捧げたし、
執り行のう日時を、占ったり暦から算出したりというお務めは、
“神祗官”という上級官吏が専門として掌握。

 ……とはいえど。

知識階層にしてみれば、それもこれも“学問”なのだ。
信仰に基づく宗教思想などではなく、知識寄りの学問であり、
魔を祓うのための咒力や、邪妖を制圧するための妖力も不要。
月の齡を数えて、何日目から雨が多くなるとか暑さが増すとか、
そういった古実や、
それらを綴った書物に明るければいいだけの話…の筈なのだが、

 「まあ、無いよりかは有った方が心強い事態もあるってトコだろか。」

今年の梅雨が空振ったのは、某処上空に瘴気が籠もってたせいらしく。
そこを自領にしている権門が、
尋常ではない旱魃に見舞われている惨状を、
随分と遅まきながら、こそり神祗官様へと奏上したらしく。
だがだが、

 『物の怪や祟りの類では、
  儂のような老いぼれの力では如何ともし難いのでな。』

学者でしかない凡庸な翁。
とてもとても、そのような恐ろしい相手へ太刀打ちなぞ出来ませぬと。
自分がいかに情けないかと自嘲なさったのが、
東宮主催の雅楽舞いの宴席にて。
独り言のよに口になされた呟きを、唯一拾った補佐官殿、
負けず嫌いなところを突つかれてしまったらしくって。

 「…という訳なんでな。瀬那、進を呼べ。」
 「はいぃい?」

経緯は判ったが、何でそれが自分の憑神様の召喚につながるものか。
そこのところが判らないと、
そんな想いを乗っけた声をついつい上げた、
くせっ毛も幼き 書生の坊や。
人ならぬ存在かとまで噂されてる神祗官補佐様のお屋敷にて、
陰陽師への修行を積みし、途上の身なれど。
どうしてどうして、その素養は素晴らしく…というか、凄まじく。
それを見越して、

 「だから。
  どうやら気団をがっちりと押さえ込むかくわえ込むかしている、
  未練たらたらの思念が関わっとるらしいんでな。
  天空へまで届けっていう雷霆を一発ぶち込んで、揺さぶる役を進に。」

こんなとんでもないことを言い出す師匠もまた、
凄まじさでは負けてない。(苦笑)

 「雷霆だったらお師匠様にだって招けるじゃありませんか。」
 「ありゃあ そうそう簡単なこっちゃねぇんだよ。」

それこそ気団の配置を測量しとかにゃなんねぇし、地脈の相性ってのもあっし…と。
出来なかないらしい、そこは否定しない蛭魔さんなのも相変わらず。

 「そもそも、いくら位の高い精霊様でも、進さんに雷霆落としが出来るとは…。」

限らないじゃないですかと続けかかれば、
それを遮ったのが、

 《 可能だ。》

 「…進さん?」

姿こそ見せぬままながら、覚えのあるお声がどこかから聞こえた。
え?と意外そうな顔をしたセナだったのは、
そんな話は初耳だったからだろうが、

 「だろうな。
  武神系なんだ、嵐にまつわる荒らぶる何かの眷属じゃねぇかって踏んでたんだが。」
 「…ちょっと待て。確証はなかったんだな、お前にも。」

たりめぇだろ、
セナちびの憑神の能力詳細まで、なんで俺がいちいち知ってると思うよ…と。
胸を張るところが微妙にズレたまんまで高笑いする、この屋敷の主人の、
細いがしたたかな後ろ姿を眺めやりつつ、

 「ま、慣れるしかないわな。」
 「はあ。」

何とか慰めるような言いようをした、黒髪精悍な侍従殿にしたところで。
本来ならば、人の和子なぞに使役されてるよな、身分でも存在でもないお人。
始まりはもはや辿れぬほどもの太古から、その生を紡いで来た“蟲妖”の一門、
蜥蜴らの一族を束ねる総帥殿で。
何ら遜色なく、人の姿に変化(へんげ)出来るほどもの妖力をもちながら、
だっていうのに、
単なる人に過ぎない蛭魔に使われる“式神”としての誓約を結んでおり。
特に巧みな策を弄された訳じゃあない、
しかもただの口約束だったらしいのに。
何があったか、自分から“眞の名前”を教えたそうで、
絶対に召喚されてやるとまでの枷、わざわざ差し出したというから。

 “…そうと見せてるほど、悪い人ではないんだのにね。”

彼ほどの大妖を屈服させるだけの何か、信頼築くだけの何か、
持ってるからこそ そうなったのに。

 「ほれ、遠いようなら場所を言え。」
 「遠歩を使うのか? 相手へ悟られぬかな。」
 「そんなヘマはしねぇわな。手前で降ろすさ。」
 「あ、ズボラする気か。」
 「……どうして欲しいんだ、お前。」

他人の都合なぞお構いなしの我儘で振り回し、
唯我独尊を地でゆく鬼っ子。
已を得ないという事情があったとはいえ、
今帝もまた思い切ったことをなさったものよ。
あのような出自不明の存在を、当人こそが怪異のような人物を、
神祗官補佐などという高い身分へ据えられるとは。
それを言うなら、神祗官様もだ。
本来ならば、武者小路の家柄の誰ぞが就くべき地位へ、
あんな若造据えられて、何とも思うておられぬか。
周囲が聞こえよがしに言いたい放題する中にあって、
辟易すらせず、にまにま笑っておれるほどの図太いお人。

 “ボクも、あそこまで逞しくならねばいけないのかなぁ。”

こづき合いつつ、支度を整え、
咒幣に巻物、聖刀に封印の玉にと、
必要な道具を詰めた錦の袋を従者に持たせると、

 「ほれ、セナちび、何してる。」
 「え? あ、はははいっ。」

進を先陣に据えるのだ、お前が来ねば始まらぬと。
何とも身勝手、でも、それ以上はない、
判りやすいお言いようをしたお師匠様に連れられて。
小さな陰陽師見習いくん、あたふたと屋敷を後にする。

 「いってらっちゃい♪」
 「おうさ、何か土産を持って帰るからな。」

小さな仔ギツネくんのお手振りに見送られ、
一行の姿は久し振りの陽が差す中、木洩れ陽の中へと溶けていった。



      ◇◇◇



あまりに特異すぎてのこと、
どう説いても人々への不安を煽るばかりで、
到底表沙汰には出来ぬ事態へ。
こそりと投入されて、こそりと方をつける。
言ってみりゃ陰にて平生を支える存在になりつつある誰か様。

 “割に合わないとか、何で人のために何ぞとか、
  ぶつぶつ言いながらも、結局は引き受けちゃうんだものな。”

人が鬼になるほどの、筆舌尽くしがたい怨嗟によって、
自然現象の極み、気団を押さえ込むという形で波及するほどの、
とんでもない怒りが渦巻いていた大気をば、
鋭くも重い、雷霆の鉾が貫いて。
その中核にあった思念を袋叩き…もとえ浄化して、
意気揚々と屋敷へ戻ったのは陽が落ちた後。
お土産を楽しみに待ってた仔ギツネさんへ、

 『ほれ、沢アユの燻製だ。』
 『うわいvv』

別段、出先の名物でも何でもなかったものなれど、
今が旬の美味には違いないもの、さあお食べと手渡して。
自身は広間の寝間へと、とっとと引っ込んでしまったお師匠様だったので。

 「…はふ。」

こたびは単なる後見という役目しか果たさなんだが、それでも。
途轍もない陰気の鬩ぎ合いを、
そういうのへこそ敏感な性分でありながら、
至近で浴び続けていた疲弊は大きかったらしく。
自室へ引っ込んだと同時、セナもまた、くたりと床に横になったほど。
そんな彼へとの気遣いか、

 《 …。》

今少し肌寒い夜風にさらされぬようにと、
どこからか舞い降りた薄絹が、ふさりとその肢体へかけられて。
あ、と、気づいて身を起こしかかれば、

 《 そのままでいよ。》

静かなお声が優しく命じる。
封印に来た自分らを、いち早く察しての頑なに寄せなかった思念を目がけ。
新緑の緑したたる森の、草いきれがむせ返る中で、
その姿を現した彼が、無造作に上げた腕の先。
目に見えぬ鉾が形作られ、そのまま投じられた一連の所作の、
何とも荘厳で力強かったことだろか。
勇壮な姿は、精悍だが生々しくも男臭いというのではなくて。
雄々しいのと同じほど、凛然と冴えてのただただ鋭く、且つ 近寄り難く。
彼は武神なのだから、人臭くある必要なはいのだが、
それでも何だか、
温みのないお顔をする進なのは、セナには少々つきんと痛くて。
こたびは務めであったのだ、しょうがないと判っちゃいたが。

 “進さん…。”

あんなお顔をさせぬよに、自分こそが頑張ればいいと、
胸元へ引き寄せた拳を握り、堅く堅く決意したものの。
疲弊とそれから思わぬ優しさ、
元通りの温みを取り戻した進の気配を感じると、
そんな雄々しき決意も少々萎える。

 《 あるじ?》
 「……え? な、何でしょう?」

 《 眠れぬか?》
 「そ、そんな訳では。」

 《 邪魔なら引くが。》
 「や、まままま待って…ください。///////」

夜陰が垂れ込めるばかりで何も無い宙空へ、
それでも小さな手を伸ばせば、
その手から総身へ向けて、ふわりとくるまれるような感覚がする。
その存在は自分らと同じとは限らない。
もしかしたら小さな粒子として在るのが常態かも知れぬ君。
壁も寝床も関係なくの擦り抜けて、
小さなセナをくるりとくるんでくれてる武神様なのが、
くすぐったいほど嬉しくて。

 「…何で判りました?」

まだ行かないでと思っただけ、でも。
こうして抱っこしてほしかった気持ちもあるにはあって。
形にさえなってなかったのにね、
隠しごと、出来ないのかなと頬笑めば、

 《 こうと したかったまで。》

ありゃ、そうでしたか。//////
ますますと嬉しい気持ちにしてくれて、と。
柔らかな頬染めて、小さな見習い書生くん、
眠るまでいてくださいねと囁いて、
はふと息つき、その身を伸ばす。

 今日はボクだけすること無かったな。
 あ、それと。進さんが雷様の親族だってことも知らなかったし。
 眷属って、属性ってだけのお話ですか?
 違う? 雷が放たれた巌から生まれたのですって?
 じゃあ、進さんて今頃に生まれたんでしょか?
 冬場にも雪起こしの雷は鳴りますが、
 落ちるほどのものはないですし。
 秋の雷だと風雨がつきもの。
 そかそか、じゃあ進さんの生まれ月は七月なんだ。

また一つ、進さんのことを知りましたと。
そりゃあ嬉しそうに微笑う和子へ。
早く寝なさいと言う代わり、
くるみ込んでた優しい束縛、厚くし抱擁へとすり替える。


  おやすみおやすみ、大切な和子よ。
  何が起きても護るから。
  世界が滅びても案じるな。
  何に代えても護るから…。





  〜Fine〜 09.07.03.


  *しまった、このシリーズの進さんは“ヒト”じゃないじゃん。(苦笑)
   こんなんですが、お誕生日記念としてはいけませんかね。

   …じゃあなくて。
   何だか取り留めの無い描写で申し訳ない。
   久々の“破邪封魔”ネタ、もっと細かく書き下ろすべき題材でしたが、
   書いてる途中で、明日 母が退院と聞かされたので、
   ちょっと焦ってしまいました。
   (そうなるとPCに触ってる場合じゃないものねぇ。)
   私事のせいで はしょってしまって、相すいませんでした。

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv *

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